さがしつづけたひとのはなし



彼はどこにもないものを探して、ずっと旅を続けていました。
何を探していたのか、彼は覚えていません。
いつから彼がその旅を続けていたのかも、彼は覚えていません。
ただ、彼が気がついた時にはもう、彼は襤褸切れの様なマントを羽織り、今にも折れてしまいそうな杖を持って、誰もいない道の上を歩き続けていました。

彼は空の色が変わり、星が瞬くのを見て、夜が訪れることを知りました。
彼は星の光が消え、山の向こうから太陽が昇ってくるのを見て、朝が訪れることを知りました。
彼は白い雲が流れているのを見て、風が吹いていることを知りました。
彼は灰色の雲の隙間から落ちてくる水の粒が、大地を潤していくことを知りました。黒い雲から落ちた光が、あたたかな炎を生み出す瞬間を目の当たりにしました。
彼は大地に根を下ろした小さな種が咲かせた花に、命の始まりを知りました。
芽吹いた花が枯れていくのを見て、命が終わることを知りました。
けれども枯れた花が残した種を見て、再び花が咲くのだろうと思いました。

そんな風に彼の旅は、何かを見つけて何かを知る、その繰り返しでした。彼が何かを知る度に、彼が歩いていた道から新しい道が現れました。彼は立ち止まるということと足元を見ること、そして後ろを振り返るということをまだ知らなかったので、彼は足の赴くままに歩いて行きました。

彼の知らないことはとてもたくさんありました。果たして、その知らないことがどれくらいあるのかも、彼にはわかりませんでした。
わからないけれど、きっといつか見つけ出せるだろう。彼はそう考えていました。
彼は、自分の命に終わりがあるということを知らなかったのです。

けれど、彼の探しているものは、まだ見つかりません。

そうして、ある時、彼はふと思いました。

“この世界の全てを知って、それでも探し物が見つからなかったら、私は一体どうすればいいのだろう”と。

彼はその場で立ち止まり、その先に続く道を辿ることが出来なくなってしまいました。彼は足元を見て、ぐるりと辺りを見渡して、とてもとても驚きました。
彼の周りにはたくさんの――数えきれないほどの道が生まれて、そして、彼の他にも歩いている人がいたのです。

彼のすぐ近くを歩いていたある人が、突然立ち止まりました。その先の道がなくなってしまったのです。その人はそのまま、続いていない道へ一歩踏み出し、そのまま、消えてしまいました。

きっとあの花のように、命が終わったんだなと、彼は何となく思い、そして、彼自身にもいつかあの人のように命の終わりを迎える瞬間が訪れるのだろうなと、そう考えました。

彼は彼自身について考えるということを知り、彼自身にも終わりがあるのだということを知り――
そうして、終わりが訪れるということに対して、恐れを抱くと言うことを知りました。
どの道を選んで行けば長く続く道に行けるのか、彼にはわかりません。二つにわかれた道の手前で、彼は迷ってしまいました。同じ長さかもしれませんし、とても長い道ととても短い道かもしれません。振り返って後戻りをしようとして、彼は足が動かないことに気付きました。
彼はどこに行けば探し物が見つかるのかもわからないので、どこに向かって歩いていけばいいのかわからなくなってしまったのです。

どこに行けばいいのだろう。
何を探しているのだろう。
何を見つければいいのだろう。

彼の心の中に疑問の花が一つ咲く度に、彼の目の前にある道は一つ一つわかれていきました。

――そうして。
彼は長い間考えて、目の前に続く道の一つへと足を踏み出しました。
この道がどこに続いているのかわからないけれど、いつかどこかに辿りつけるだろう。

彼は思いました。
私の探しているものは、きっとこの道の果てにある。
この道がどこへ続いているのかというのは、誰にもわからないのだろう。
言い換えれば、私が歩いてきた道は私しか知らないものなのだ。

彼は果たして旅の終わりに、何を見つけることができたのでしょうか。
それは彼だけが知っているのでしょう。

同じように、あなたにもあなただけの道があり、この本を読んでいるこの瞬間も、あなたは道を歩いているのです。
果たしてあなたはあなたの人生という旅の終わりに、何を見つけることが出来るのでしょうか。
その何かは、あなたにしか見つけられないものなのです。


20060103

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