その日、彼が薫香茶房の扉を潜ったのは、まったくの偶然に過ぎなかった。

薫香茶房の男主人は、世にも珍しい、あるいは懐古的な物を好むことで有名である。

瑛藍はその音の調べに、感嘆の息をつくばかりであった。

それは、虫の知らせに似ている。

星を見送れば、この蓮砂国にも本格的な夏がやってくる。

「この鶴はね、おまじないをこめた鶴なのよ」

「――女房が死んで、奴は気が触れちまったんよ」

瑛藍と珱里は月に一度、“仕事”で蓮砂宮に訪れる。

或る日或る時或る場所で、と或る夢を見ていた誰かの噺。（三万＋一打記念）

「珱里、一つ賭けをしようか」

薫香茶房にその日、真紅に染まった薔薇の花束が届けられた。

満ちた月の面を駆ける、その影は。（六万打記念）

いつもと変わらない、とある真夏の夜の出来事。

例えば、この気持ちに名を与えるとしたら。

“空”に焦がれた青年の、“始まりの話”。

歌姫と青年が身を投げた。ただ、それだけの話。

「あのね、珱里さん。――あたし、夢があるんです」