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「先に手を出したのはイクスだろ!?」
「僕じゃなくて、ジュアンが先に手を出したんじゃないか!」
 掴み合いの喧嘩が始まるまでに、さほど時間はかからなかった。騒ぎを聞きつけて走ってきたクラージュは、そのあまりの白熱ぶりにどう声をかければいいものかしばし悩む。
「俺の方が大きくたって気にすることないじゃんか! 大体、お前甘いものは好きじゃないって言った! 俺は確かに聞いた!」
「生クリームとか砂糖の甘いものは好きじゃないけど、果物の甘いものは別なんだよ! いつもいつもほんの少し早く生まれたからってジュアンばっかり大きいイチゴを取るなんて、不公平だ!」
 見れば、テーブルの上には大きなイチゴの載ったショートケーキが二切れ。そのイチゴの大きさでどうやら揉めているらしい。傍目に見ても、どちらが大きいかなんてわからないのだけれど――当人達にとっては揉み合いになるほどには大きさが違うのだろう、と、クラージュは深い溜め息をついた。
「……いい加減にしろ、フィエルテが泣き出したらどうするんだ」
「クラージュ兄は黙ってて! これは俺とイクスの男の戦いなんだ!」
 間髪入れずに返ってきたジュアンの怒号と眼差しに気圧されて、続けようとした言葉は胸の奥に消えた。勢いというのは、時に他者の介入する隙さえ与えてくれないのだとクラージュは齢七つにして悟る。せっかく妹が寝入ったというのに、この騒ぎではいつまた起き出してしまうかもわからない。
 とにかく、兄としてはこの争いが起こった根本的な原因を何とかしなければならないのだが――
「元気にやってんなあと思ったら、何だ、喧嘩か?」
 クラージュの頭にぽんと置かれる、大きな手の感触。咄嗟のことに驚いたクラージュが頭上を仰ぐと、騒ぎを聞きつけてやって来たらしい父、ペミナーラの姿があった。もっとも、渦中の二人は父の登場に気づいた様子がない。争う声はますます大きくなるばかりだ。その辺に散らかっている物が飛び交い始めるのも時間の問題だろう。魔術を使う素振りを見せ始めたら、さすがに力ずくでも止めなければと思う。
「……父上」
「ああやって兄弟同士の親睦を深め合うのは大いに結構だが、時と場合ってのもあるよな?」
 静かに、と、人差し指を悪戯っぽく唇に当てながら、ペミナーラは器用に肩目を瞑ってみせる。そのまま弟達が争っているその場に大股で割り込んだのは、クラージュが呆気に取られている僅かな間の出来事だった。
「――ストップ、喧嘩は両成敗!」
「え……!?」
「……あっ……!」
 ようやく父の登場に気づいた二人が声をあげた頃には、すべてが終わっていた。テーブルの上のショートケーキ、その上に載った二つのイチゴが、あっという間にペミナーラの口の中へと消えていく。
「……父上……」
 思わずクラージュは頭を抱えそうになったが、何とか堪えた。あまりに鮮やか過ぎたその両成敗に、呆れて何も言えなかったというのが、どちらかと言うと正しいかもしれない。
「つまり、つまらない怒りに身を任せて我を忘れると、その間に大事なものは盗られてしまうよ……ということ。オーケイ? 二人共?」
 一瞬にして掴み合いは収まり、父の口の中へ消えていったイチゴをぽかんと口を、それこそイチゴがいくつでも入りそうなほどに開けながら見送った二人は、ばつが悪そうな顔をしながらも素直に頷いた。
「ん、聞き分けのいい息子達で父は嬉しいぞ。ようし、ケーキを平らげたら次は母さんお手製のアップルパイが待ってるからなー」
 途端に顔色に花が咲く辺り、子供というのは現金なものだとクラージュは思った。弟達は絶対にこの父に上手く餌付けされている――しかしその事実に気づいたところで、こちらにとって不利益なことがないのもまた事実だ。
「クラージュも食うだろ? 母さんお手製のアップルパイ」
「ええ、まあ……」
 愛する妻お手製のアップルパイにだらしなく頬を緩める父と、あっという間にケーキを平らげてしまった双子の弟達を交互に見やりながら、クラージュは小さな溜め息と共に首を縦に振った。


20041110



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