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序章 ある男の手記より


 そこは世界の中心で、世界の果てでもある。
 神々の息吹のかかるところ――この世界を創り上げた彼らの御手により、空の下にそっと隠された楽園。
 だが、そこに住まう人々は、我々と何ら変わらない。世界に歴史があるように、人々が生きるための営みがあるように、彼らにも彼ら独自の歴史が、そして彼ら自身の営みが存在している。
 彼らは、我々と何ら変わらない。ただ一つ、精霊と共に在ることを除けば――

 この世界の均衡は、様々な精霊たちの力によって保たれている。
 地、水、火、風……そして、光と闇。精霊たちは対となる契約者である《時渡りの民》と共に、この世界が創られたその時より、世界に調和をもたらしてきた。
 世界の中心に聳える巨大な世界樹の下に、《時渡りの民》及び対となる精霊は生を受ける。死に至る時も同様だ。彼らの命と魂は、世界樹の下にて循環する。死者を弔う儀式については、後に語る事にしよう。
 世界樹はその名の通り、世界を根幹から支える一本の大樹だ。その根は地中深くにまで下ろされ、その葉はこの世界を覆う空と雲そのものであると言う。本当に樹なのかと疑ってしまいたくなるほどに幹は太く、高さも天を突き抜けるほどだ。
《時渡りの民》は、世界に調和をもたらす者であると同時に、世界樹の護り手という役目をも担っているそうだ。世界そのものの守護者と言っても差し支えはないだろう。
 また、彼らが彼らである所以はこれだけではない。《時渡りの民》が生を受けた時、例外なく対となる《卵》を与えられるのである。《卵》は世界樹の根元にある小さな『うろ』の中に、いつの間にか現れているらしく、精霊が運んで来るのだと言われており、その瞬間を見た者はいないのだという。して、生まれた子と《卵》――その双方に名が与えられる。
《卵》というのは便宜上そう呼ばれているだけで、実際には手のひらに載るくらいの大きさの、石のようなものである。様々な色を持つその《卵》は、硬い地面の上に叩きつけても決して割れる事はないし、無論、どんなに温めようとも、それだけでは決して孵る事はない。私も実際に触れる機会に恵まれたが、何とも言えない不思議な感触だった。温かいというわけでもないが、だからと言って冷たくもない。本物の卵のようでもあるし、石だと言われればそれも納得できる。けれども、石ではない。ちゃんと命が息づいているという音――心音を、この《卵》は聞かせてくれるのだ。
《時渡りの民》が心身共に成長を重ね、精霊と共に生きる守護者として一人前と認められるに至った時に、《卵》は割れ、中から精霊が現れる。姿形も様々であるが、大抵の場合には私たちと同じ人のそれに似た外見を持ち、(中には体の一部が獣や魚のそれのようになっている精霊もいる)その背に薄っすらと光を帯びた透明な二対の羽を持っている事が多いそうだ。
 身の丈は十クレル程度(大人の頭の長さと同じ位)で、御伽噺に出てくるような妖精に似ている。運良く立ち会う事ができたその誕生の瞬間は、月並みな表現しかできないのが悔やまれるところだが、まるでこの世のものとは思えないほどに美しかった。
《卵》が割れるその時はそれぞれの民によって異なり、明確に定められているわけではない。だが、十五の誕生の日を数えるよりも早くに割れるのがほとんどであるらしい。確かに、私がその瞬間に立ち会う事ができた少女もまた、齢十五を間近に控えていたところだった。
 精霊は《時渡りの民》の対となる存在であり、半身だ。彼らの事を、魂の双子と呼んでも過言ではない。精霊は《時渡りの民》と共に成長し、そして共に死ぬ。《時渡りの民》と精霊の死によって、新たな《時渡りの民》と精霊がこの世に生を受ける。こうして、命と魂は循環する。
 精霊は万物に宿るとされているが、《時渡りの民》の存在が多くはない以上、自らの意思と伝説にある妖精のように美しい姿を持つ精霊の存在は、希少である。故に、外部からの侵略者も決して少なくはないと、彼らの長である老ベルメールは言う。
 世界の中心とは言え、世界樹と《時渡りの民》の里があるこの小さな島は、実際に外からその姿を見る事はできないし、だからと言って地図の上に記されているわけでもない。そもそも、地図の上での世界の中心に位置しているかどうかさえ不確かだ。
 世界のどこにあるのかわからない。けれどもごく稀に、そう、私のように迷い込んでくる者もいる。また、精霊がいれば、この島――正確には、世界樹の元に迷わず辿りつける為、何らかの形で精霊を得た侵略者たちがやって来る事も、往々にしてあるのだそうだ。時には悲しいかな、島を出た《時渡りの民》自身が手引きをしている事もなくはないのだという。
 外より訪れる者も少なく、存在すら隠されている――そんな閉鎖的な空間ではあるが、《時渡りの民》たちはみな、彼らに危害を加える者でないとわかれば友好的に接してくれる。今回のように彼らの文化を調査、記録する事も、また、そのための長期滞在も快く承諾してくれた。
 これより先に記されているのは、すべて私がこの地に滞在している間に起こった出来事を纏めたものである。主に彼らの文化(衣食住、通過儀礼、伝承など)についての記録と、一人の少年の物語だ。わずかな期間で私は実に様々な体験をした。どれも奇跡と呼ぶに相応しいものばかりだ。中でも、一人の少年、オズウェル・ノル・カナンがもたらした奇跡こそ、私の生涯において最も偉大なる奇跡と呼んでもいいだろう。
 彼と彼の精霊、そして彼の友人たちに心からの敬意を表さずにはいられない。オズウェル少年の成長を側で見守れた事は、私の人生における最大の誇りである。

HermesFelixHartman 著 Tirnanog 旅行記第九巻 ―《時渡りの民》と精霊たち 世界樹の下で―』


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