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第四章 再会


1

 その日も幸いにして遠出をしたい気持ちになるくらいには晴れていたけれど、持たされた荷物が荷物だけに、オズウェルはあまりいい気分にはなれなかった。
 昨日の今日で完全に心を許すことができればよかったのに、ずっと警戒心を抱き続けていたせいで、オズウェルはかえって――ヘルメスに対しどのように接していけばいいのか、その答えを得ることができずにいた。気にすればするだけ思考の鎖がゆるゆると絡みついてきて、普段通りに笑おうとしてもどこかぎこちなくなってしまう。逆にそういったことを難しく考える必要はどこにもないと、それだけの話だとわかっていても――そう簡単に行くようなものでもなさそうだった。
 ――そんな風にあれこれと考えてしまっているオズウェルにとっての、他でもない悩みの種であるヘルメスは、やはり彼が予想した通りに精霊たちが遊ぶ泉のほとりにいて、先にオズウェルの姿に気づいたシアと同じように、笑いながら手を振ってきた。
「やあ、オズウェルくん。どうしたんだい?」
 心底嬉しそうな彼の様子に一役買っているのは、他でもないオズウェルだ。それが単なるうぬぼれでないという自覚は十分すぎるほどにある。
「……ティナさんからお昼ごはんの差し入れです。こっちが先生の分。シア、忘れ物だよ」
「わざわざ届けにきてくれたんだね? ありがとう、オズウェルくん」
 ヘルメスは驚いたような、けれど嬉しそうな笑みを見せながら、オズウェルが差し出したバスケットを両手で受け取った。香料を効かせたポルタやコルンの実と採れたての野菜、そしてチーズをふんだんに使ったティナお手製のサンドイッチが詰め込まれたこれを、シアが置いていったのは、わざとだ。
 こうでもしなければわざわざヘルメスのいるところへ来ようとしないということをわかっていて、オズウェルに届けさせるよう――ここへ来るように仕向けたのだ。
 わかってはいたが、それを怒る気にもなれない。彼女を怒ったところで、何かがいい方向に変わるというわけでもないし、何より彼女は好意でしてくれているのだから、怒れるはずもない。
 蓋を開けた途端に飛び出してきた香ばしい匂いに、目に見えてわかるくらいに顔を輝かせるヘルメスを見て――オズウェルは心の中でこっそりと溜め息をつく。
「それで、揃いも揃って何やってるんですか。魚がいるわけでもないでしょうに」
「水の中の太陽をね、見てたのよ」
 あまりにも突拍子のないシアの言葉に、オズウェルは思い切り首を捻った。
「オズウェルくん、こっちこっち。ほら、水の中に……太陽が呑み込まれてしまったように見えないかい?」
 オズウェルはヘルメスの側にしゃがみ込むと、彼の指先にある小さな世界を見つめた。ちょうど大人の両手で抱えられるくらいの大きさの泉の中に揺らめく太陽が映っており、言われてみれば確かに、呑み込まれているように見えないこともない。
「……これがどうかしたんですか?」
「うん、太陽はこの世界を照らしている。それはオズウェルくんも知っているよね? あれはとても遠くにあって、ここから手を伸ばしても決して届かない。だけど、時にはこうして水に呑み込まれてしまうこともある。ここなら、まあ、本物には届かないけれど、手を伸ばして届くような気がするだろう? ……という話をしていたんだよ」
「……はあ」
「要は、物の見方は、様々だということ。オズウェルくんが見ているものと、私が見ているものは、本質は同じでも、必ずしも同じではないということなんだ。たとえば、オズウェルくん……水面に映るこの太陽を見て、きみなら、どんなことを思う?」
 オズウェルはほんの少しだけ太陽を見つめてから、小さな声で呟いた。
「太陽が泉の中で休んでいるように見えます」
「……うん、なかなかいい答えだね、オズウェルくん」
 やっぱりこの先生と話していると、どうにも調子を狂わされてしまうことに変わりはないようだった。毒気を抜かれてしまうと言うのだとオズウェルが知ることになるのはずっと先のことだけれど、ヘルメスのそんな言葉に呆れないだけでも、十分好意的に接することができるようになったのだとオズウェルは思うことにした。
「行こう、シア」
 そうして、シアが忘れていったもう片方のバスケットを持ち上げて、オズウェルは呼びかけた。はあいと返事をして立ち上がったシアに、ヘルメスは目を瞬かせる。
「おやおや、デートかい?」
 やはり大人としては気になるものなのだろうか――眼鏡の奥の瞳が星のように光った気がして、オズウェルは首を傾げた。その謎が明かされるよりも早く、シアが笑って告げた。
「秘密基地に行くんです。先生はついてきちゃ駄目ですよ?」


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