第 一 章 過 去 か ら の 使 者1
グオオオオオオオオ――…… 獣王の、苦悶に満ちた雄叫びが轟く。 夕暮れの空色に似た紅蓮の炎に翼を焼かれた漆黒の獅子が、巨体を揺らしながらぐらりとその場に倒れ伏した。 肉が焼け、大地が燻る匂いに、フィレアはきつく眉をしかめる。 風に混ざる血の匂いは眼前の獣のものなのか、それとも己自身のものなのか、もう判別もつかなかった。 だが、今まさに《竜の牙》山の獣王は地に横たわり、彼の言うところの『脆弱な人間』であるフィレアは、細い二本の足でしっかりと大地を踏みしめている。 この場においては、間違いなく彼女が勝者だった。 ――この場において、敗者にもたらされるものは、《 燻る炎の熱を浴びた風が、時間と共に再び冷えてきたのを感じて、フィレアは我に返る。 そうして、最後の呪文を紡ぐべく、おもむろに片手を掲げた。 必要なのはただ一言、彼の者に《死》を与える―― 「オマ、エ、ハ……」 息を吸い込んだところで響いた地を震わせる声に、フィレアは怪訝そうに眉を寄せた。 「……何よ」 獣王が人の言葉を解するとは聞いていなかったので、一瞬空耳かと己の耳を疑ってしまったが、その声は間違いなく黒い獅子の口から発せられているものだった。 黒獅子の緋色に染まった瞳が、フィレアの姿をとらえる。 そこに映る彼女もまた、紅く染まっていた。 「イキ……テ、イタ、ノカ……」 笑うように歪む口元から切れ切れに紡がれる音は、まるで心の奥底を揺さぶる呪詛に似ていた。 「…………」 フィレアは、背筋を何か嫌なものが通り過ぎてゆくのを肌で感じながら、獣王の声にじっと耳を傾けていた。 「……タソガ、レ、ヲ――」 ――黄昏を。 耳に届いた単語が、フィレアの感情を一瞬で冷やし、燃え上がらせた。 全身の血が沸騰するような感覚とはまさにこのことを言うのだろうと、思った時にはすでに手が動いていた。 「――黙れっ!」 声がそのまま魔力を宿し、掲げた手のひらから放たれた赤い炎が再び黒獅子を包み込む。 「グオオオオオオオオッ――!!」 断末魔の叫びも、炎の勢いには及ばなかった。 すべてを焼き尽くす炎が、文字どおり、黒獅子の巨体を覆い隠していく。 「どうして……」 獅子が言わんとした言葉の続きを、フィレアは知っていた。 『それ』が、『彼女』を表す言葉ではないということも、知っていた。 この瞬間、獅子の目に焼きついていた姿が、『彼女』のものではなかったことも―― フィレアは、その場にがくりと膝をついた。 己が放った炎が周囲の空気を温めているにもかかわらず、身体が震えるのを抑えることができない。 この震えは、決して寒さのせいではなかった。 「――どうして……!」 全身からどっと嫌な汗が噴き出してくるのを感じながら、フィレアは半ば呆然と、燃えていく亡骸を見つめていた。 |